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二百三高地・前編
この夏、明治が燃える!
君の祖国は日本と呼ばれる
何やら、いきなり軍国調の煽り文句ですが、これは当時の宣伝コピーです。
80年代は映画会社の宣伝部に宣伝コピーを考える人がいて、予告編等で煽るような宣伝コピーで観客の興味をひきつけた時代でもありましたね。
NHKで現在放送中の大河ドラマ「天地人」が例年より一ヶ月早い11月で終了予定で、それはその枠の後で始まる「坂の上の雲」(11月29日スタート)の放送の影響らしいです。
ただ、その「坂の上の雲」は司馬遼太郎・原作の明治時代の日露戦争にまつまる壮大な物語で、何も日本海海戦の名参謀と謳われた秋山真之だけを主役とした物語ではないので、゛旅順の戦い゛を描き切れるかという不安がありますけどね。
この続きは、下の追記を読む、からご覧下さい。






●この映画の予告編です。
あまり教科書では出てこない、日露戦争で一番の激戦となった二百三高地を巡る戦いは、当時の内閣総理大臣の伊藤博文をして、あの小高い丘が日本の命取りになるのか、と嘆かせた、日本の命運を握っていた丘だったようです。
この映画、29年前の夏に公開されました。
明治が燃えるというより東映という映画会社が、その年の社運を賭けて、この映画の大ヒットに燃えていましたね。
目標の20憶には届かなかったものの、配収18億円の大ヒットとなりました。
公開当時は、映画評論家たちの識者から゛右よりな映画゛と的外れな批判を受け、識者受けはしなかったものの、キネマ旬報の読者ベストテンの一位になるほど一般の観客を熱い支持を受けました。
それは、この映画は名もなき兵士たちの方に重点的に描きいて、その悲しき調べが観客の心を打った映画だからこそなのです。
1980年8月2日公開 東映作品
監督・舛田利雄
脚本・笠原和夫
特技監督・中野昭慶
音楽・山本直純、たかしまあきひこ
主題歌・さだまさし「防人の詩」、挿入歌「聖夜」
上映時間 3時間1分( 映画館での上映は、途中5分間の休憩あり)
☆CAST
乃木希典・・・仲代達矢
児玉源太郎・・丹波哲郎
伊藤博文・・森繁久弥
明治天皇・・三船敏郎
あおい輝彦、夏目雅子、新沼謙二、佐藤充、湯川昌幸、長谷川明夫、神山繫、天知茂、永島敏行、野際陽子 、ナレーション・内藤武敏
●列強ロシアVS弱小日本
今からおよそ百年くらい前の明治の時代、日本はロシア相手に戦争を起した歴史がありました。
当時のロシアは、国家予算からして日本の十倍があり、゛象(ロシア)とネズミの(日本)戦い゛と言われたほどの歴然とした国力の差があったようですね。
世界各国は、日本が列強のロシアに戦争を挑んで勝てるなどと思いも寄らないことだったでしょう。
そもそもの発端はロシアがアジアの弱小国を植民地に進むにあたって、日本もそれに異を唱える形で引かなかったことから戦争が始まったわけですから、植民地の奪い合いの戦争、という点では、どちらにしても゛侵略戦争゛には間違いないと思います。
当時、ロシアは主力のバルチック艦隊とロシア艦隊のダブルの連合艦隊を持っており、そのロシア艦隊だけでも、日本海海戦前に沈めておかないと、日本はいかなる戦略を持ってしても、まず勝ち目がない、という戦況だったようです。
そこで、海軍は陸軍に旅順港に停泊しているロシア艦隊を大砲による撃沈を要請しましたが、その旅順はロシア側は難航不落の要塞として整えて、日露戦争の最大の激戦地となっていきます。
明治38年、伊藤博文はロシアとの戦争を開戦を止む無しと決断し、明治天皇の御前会議にも決議され、ここに日本とロシアの戦争が勃発します。
そして、間もなく明治帝の強い要望で休職していた乃木希典(まれすけ)が、旅順攻略の第三軍指令長官として着任していました。
その頃、各地で思想家のよる暴動も起き、その騒ぎに巻き込まれた佐知(夏目雅子)を金沢の教師の小賀(あおい輝彦)が助けます。
二人はすぐに知り合いになり、佐知は小賀が召集を受け戦地に行くとの知らせで、京都から小賀のいる金沢まで追ってきます。
そして、出征間近に迫った日に、二人は結ばれました。
小賀は金沢第7連帯の小隊長となり、その部下には 、豆腐屋の木下(新沼謙二)、ヤクザで投獄中で出征で赦免された牛若(佐藤充)、女衒の梅谷(湯川昌幸)、幼い子供二人残した米川(長谷川明夫)と、訳有り人物が配属されていました。
その頃、着任早々の乃木に、長男・勝典戦死の報が届いていました。
皆の前では、゛軍人が戦場で死ぬのは光栄なことです。実にめでたい゛と平静を装ったのちに、二人の息子たちの写真を掲げて写真を撮りました。
当初、乃木の盟友の児玉源太郎は、この旅順攻略を甘く見ていました。
゛あんなものはただ柵で囲っているだけのもんだから、ぬし(乃木)ならすぐに落とせるじゃろ゛
ところが、ロシア側はその旅順に鉄壁の要塞を作り、日本兵を殺戮するためのありとあらゆる罠と仕掛けをして、手ぐすね引いて待ち構えていました。
そして、日本にはまだ機関銃というものを知らず、単発式の銃しかなかったのですから、開戦してすぐに、部隊の全滅を繰り返し、旅順の丘はあっという間に、日本兵の死体で埋め尽くされていきます。
その頃、小賀少尉のいる第7連帯では、米川が隊から脱走していました。赤十字で預かってもらっていた子供たちが行方不明になったとの連絡が米川に入っていたのです。
すぐに米川は捕まり、小賀に゛子供たちの無事を確認したら、隊にすぐ戻りますから゛と懇願しますが、そんなことは聞き入られるはずもありません。
本来なら、脱走兵は軍法会議で銃殺刑になるところですが、梅谷、牛若、木下らの体を張った米川をかばう姿に、不問にされます。
事態はそれどころではなく、乃木の打つ作戦は事ごとく失敗に終わり、無駄に戦死者を出すばかりでした。
何せ、やみくもに正面からの突撃なのですから、兵たちに待っているのは、進めば地獄の死あるのみでした。
その中では、第7連帯の小賀小隊だけ善戦しているらしく、少しづつ進撃を続けています。
特に、豆腐屋の木下(新沼謙二)は、抜け目ないたくまししいところがあり、どこからか食料の米を調達してきました。
むさぼりつくようにその米を食らう兵士たちでしたが、米に赤いものが混じっているのを見て、最初は五目飯と勘違いしていましたが・・・
それは兵士の血のついた米でした。
皆、気味悪がって、すぐに食べるのを止めましたが、木下だけが、構わず口に頬ばり続けていました。
弾薬も底を尽き始め、余りの戦死者の多さも考慮し、乃木は作戦の中止を決断します。
結局、第一次攻撃は五つの連帯が全滅し、その他の残り部隊も半数ほどの将兵を失う、惨憺たる戦果となりました。。
周囲が屍で埋め尽くされた中を茫然と立ち尽くす小賀少尉の前に、一人亡霊のような顔が焼けただれた日本兵がつぶやきます。
旅順要塞はお化け屋敷、誰も生きては帰れない・・・
ここで、さだまさしの主題歌「防人(さきもり)の詩」がテロップで流れ、前半は終了です。
●万葉集をパクった「防人の詩」
♪海は死にますか、で有名なさだまさしの「防人の詩」は、実は古代の万葉集の中に、大伴家持が無名兵士に詠ませた「防人の詩」の一節をパクってるんですね。
これは、さだまさし自身がラジオ番組で暴露していましたね。
その万葉集の中の「防人の詩」の中にある
鯨魚(いさな)取り、海や死にする山や死にする
の一節を、さだまさしは゛海は死にますか、山は死にますか゛と現代語訳にしたようです。
この物言わぬ゛海や山が死ぬ゛の歌詞は、戦争を経験した戦中派世代にとっては、゛聞くに耐えない歌゛とまで言われたほど、壮大なテーマがあるらしいですね。
私の亡き祖父も、このさだまさしの「防人の詩」に強く感銘を受けて、その詞をノートに書き写してしました。
ただ、この主題歌はフルコーラスだと、確か20分を越えていたので、映画の中で使われたときは第二小節をカットされていましたね。
●司馬遼太郎の乃木無能論を肯定した描き方
司馬遼太郎の「坂の上の雲」の中で、゛死んだ兵士のせめてもの幸せは、乃木が世界屈指の無能な軍司令官だということを知らなかったことである゛と記述された部分があります。
この映画も、まるで司馬遼太郎が唱えた゛乃木無能論゛を肯定するかのような乃木将軍の描き方で、決して旅順を陥落させたヒーロー扱いはしてません。
敵の情報収集もせず、ただ悪戯に無謀な正面攻撃を繰り返すのみなのです。この映画で、乃木は軍神というより愚神という描かれ方ですね。
むしろ、乃木自らを木石と称して、多くの将兵を殺した十字架を科して、屈折した人間・乃木希典像として描かれています。
それは後半に色濃く、乃木の苦悩が描かれてます。
脚本の笠原和夫がこの映画で描く、天皇の軍隊という時代と、末端の兵士たちの国家への関わり方がダイナミックに綴られた、これは80代を代表する戦争映画です。
公開当時、いろいろな誤解が招いて識者からは徹底無視されましたが、一般の観客だけはこの映画を認めたのです。
右よりかどうかを論ずるよりも、まず見るべきところは他にもあるはずです。
取りあえず、後編に続きます。
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