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幸福の黄色いハンカチ 

2014/11/28 23:23/Fri
 1977年公開時ポスター&デジタル・リマスター版チラシ
若者は見た。永遠の変わらない愛を・・・
今も尚、語り継がれる日本映画の不朽の名作
健さんよ、永遠に・・・

黄色いハンカチを見た勇作妻の元に返る勇作 
 今回は「幸福の黄色いハンカチ」です。
監督 山田洋次。そして主演は、先日11月10日に急逝した高倉健さんです。
しょうがないな、お前たち寝ている妻を見る勇作黄色いハンカチを探す欽也と朱美あのう、奥さんとは別れたんでしょ?夫・勇作が突然現れて驚く光枝言葉に詰まっている勇作 
 健さんを語ることで欠かせない作品と言えば、この「幸福の黄色いハンカチ」です。

 追悼番組も続々と放送されて、11月28日には本作品が日本テレビ系でデジタル・リマスター版が放送されました。

 今回はこの名作映画を通して、日本映画の輝ける大スター・高倉健さんについて語っていきたいと思います。

 この作品は、何度見ても感動が込み上げて来る日本映画の不朽の名作です。
尚、12/01PM22:30 菅原文太氏の訃報を知り、テレビドラマ版「幸福の黄色いハンカチ」のキャプ画像を少し追加しました。

 それでは、興味のある方は下の追記を読む、から
高倉健さんの名作に再び浸って下さい。

1977年10月1日松竹系にて公開

監督 : 山田洋次
脚本 : 山田洋次、朝間義隆
製作 : 名島徹
原作 : ピート・ハミル 「黄色いリボン」(『ニューヨーク・スケッチブック』所収、高見浩訳、河出書房新社)
撮影 : 高羽哲夫
音楽 : 佐藤勝
製作会社:松竹
配給 : 松竹

CAST
島勇作:高倉健
島光枝:倍賞千恵子
花田欽也:武田鉄矢
小川朱美:桃井かおり
帯広のヤクザ風:たこ八郎
旅館の親父:太宰久雄
ラーメン屋の女の子:岡本茉利
検問の警官:笠井一彦
農夫:小野泰次郎
チンピラ:赤塚真人
渡辺係長:渥美清
1時間48分 シネマスコープサイズ


●予告編(デジタル・リマスター版)


ストーリー
 一人の若者が自分のアパートの部屋で泣いていました。
 彼・花田欣也はまたフラれたようで、彼女から来た交際お断りの手紙を破っていました。

 ハートブレイクした欽也は、突然勤めていた印刷工場を辞めて、その退職金で真っ赤なマツダのファミリアを購入し、船に北海道のたびに出ました。

 欽也が着いたのは北海道の釧路。それから網走まで足を伸ばし駅前で片っぱしから女の子に声をかけ、何とか小川朱美というちょっと暗い雰囲気の女の子のナンパに成功しました。

 丁度その頃、網走刑務所から刑期を終えた島勇作という男が出所して来ました。勇作は、まず郵便局に寄って、一枚の葉書を出しました。
タイトルバックちくしょーぉっ・・辞めたいものは辞めたいですよ。仕方ないでしょ。もろ、百姓だよ、これ。♪着てはもらえぬジャンパーを出所してきた島勇作 
 それから勇作は、食堂に入りビールと醤油ラーメンとカツ丼を注文します。出所して久しぶりに飲むビールは格別だったのか、勇作はコップに注いだビールを一気飲みして、ラーメンを食べました。

 勇作は海岸に行くと二人のカップルがいました。欽也と朱美でした。勇作は二人の写真を撮ってやったことがキツカケで二人と仲良くなり、そのまま阿寒温泉の宿まで同行することになりました。

 欽也とはカップルといっても、それは欽也の一方的な片思いで、朱美は欽也のことを気に入っているというわけではありません。

 空いている部屋がないということで、朱美は欽也の同じ部屋に泊まらざるを得なくなりました。
食堂のメニューを見る勇作ビールをぐいっと・・久しぶりのビールを一揆飲みした勇作俺も東京。カツどんのふたを開ける勇作ラーメンを食べる勇作 
 最初は何もしないと言っていた欽也でしたが、夜になるとやはり朱美の体を求めてきました。

 朱美は必死に抵抗して、欽也を撥ね退けました。隣に寝ていた勇作が起きて来て、
“いい加減にしろよ、他に客もいるんだぞ”と一喝されたことで、欽也はおとなしくなりました。

 翌日、勇作は欽也の車を降りて二人きりにしてやります。すると朱美も、
“アタシもここで降りる”言い出して車を降りてしまいました。

 駅で欽也と別れた勇作と朱美でしたが、次の電車まで二時間もありました。
 それまでどうしょうかと言ってたら、欽也が戻ってきました。近くで蟹をたくさん買ったから一緒と食おうというのです。

 かくして、勇作と若い欽也と朱美の珍道中は続いてゆくのでした・・・・
写真を撮ってやる勇作アタシだって乗っけてもらってるんだから 


見栄を張る欽也あー
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思い出している妻の姿うなされている勇作
 ストーリーの紹介は以上です。
 余りにも有名な作品なので、この先の展開はご存知ですよね。

 もう何度も見ている映画なので、健さんを始めとする役者たちが次にどんな台詞を言うのかも分かっています。
 それでも何度見ても楽しめて感動する作品は、そうは多くはありません。

 それにしても・・・です。

 ああ・・健さんが逝ってしまいました・・・・

 一年前に日本映画専門チャンネルで遺作となった「あなたへ」の健さんのロングインタビューがあり、まだ元気だったのに・・・
夢の中で逃げている勇作何すんだよ、お前! 


いい加減にしろよ世話になったな。あんた方、二人仲良くやんなよ。


じゃ、欽ちゃんでいいじゅない
ちょっと高かったですけどね
 それがいきなりですよ・・・確かに健さんも83歳の高齢でしたし、そろそろでもあるのですが、一年前はピンピンしていましたからね。

 何せ重病説もないままの突然の訃報でした。健さんと共演していた人たちも驚いていたくらいですから、ずっと隠していたのですね。
 悪性リンパ種を発症していたのは誰しも、
“寝耳に水”だったでしょう。

 健さんを持ってしても病魔には勝てなかったか・・です。

 日本映画を好きな者にとっては、大スター・高倉健という存在は特別でしたからね。
そいで甲羅は指でこうやってしゃぶるんだまた欽也の車に乗っている勇作 


あっ、まただ・・それはアクセルだろーがっ!


お前が踏んだのはアクセルでしょ!ミットもない、ってことや
  この作品のエピソードで有名なのは、映画の冒頭で出所した健さんが食堂でビールとかつ丼を食べるシーン、このシーンの為に二日間も飲まず食わずの絶食していたそうです。

 確かに、ビールを一気飲みする健さんは実に旨そうに飲んでいます。

 でも、健さんってお酒は殆ど嗜まないかと思いますが・・・そのビールは本物じゃないかもしれないし、それに二日間も水分も摂っていなかったら、そりゃ旨いに決まっています。

 ここでかつ丼も食べてるシーンがあったように思っていましたが、改めて見ると健さんが食べているのはラーメンだけで、かつ丼には手をつけているシーンはありませんでした。
 昔見た記憶って、やっぱりいい加減なものなのですね。

 それから、ラストシーンは山田洋次監督の納得のいく雲が出るまで現場で五日間も待機させられたようです。
兄さん、そんなに悔しいか別に夕張に行かなくてもいいんだ 


持っていませんおお、島じゃないか!


何か困ったらいつでも来いや
そういう自分の暮らしが嫌になってきてな
 
今の映画監督だったら、
“そんなのCGで・・”になるでしょうが、この映画が公開された1977年にはCGなんてなかったし・・・
 いや、例えこの時代にCGがあっても、山田洋次は本物の雲にこだわっていたと思います。

 この映画を初めて見たのは中学の修学旅行です。
 映画そのものを見に行ったというのではなく浅草国際劇場でダンスのショーを見て、そのプログラムに「幸福の黄色いハンカチ」の上映があったのです。

 当時は、名探偵・金田一耕助の横溝正史ブームでしたから、丁度当時に同じ松竹で「八つ墓村」がやっていて、そちらの方が見たかったですよ。

 まあ、学校行事で「八つ墓村」を見るというのは、有り得ないですけどね。
スーパーで働いている御杖いや、俺は独り者ですよ 

あ、そう光江とのデート。皿を持ち上げて食べる勇作。 

あんた、それでもいいの?子供ができたのか 
 初めて見た当時の印象としてはですね・・・“つまんなかった”という記憶があります。

 でも、それから三年後高校生になって、金沢の松竹座という映画館で「砂の器」と「幸福の黄色いハンカチ」が不入りのテコ入り番組で上映されたのを見た時は、素直に感動しました。

 要は中学生の時はお子チャマで、この映画の良さを分からない年齢だったのですね。

 1977年といえば、この年は王のホームラン世界記録で沸き、映画界も「人間の証明」、「八つ墓村」、健さん主演の「八甲田山」と大作映画目白押しでした。

 その大作映画からみたら、この「幸福の黄色いハンカチ」は一見、地味ですよね。
結局は流産してしまった光枝喧嘩して相手を殴っている勇作 


なんぼそうやっても俺の考えは変わらんぞ別れる時も・・


どうしたの?独りで住んでたらどうするの? 
 何年かぶりに改めてこの作品を見直して、健さんが演じた島勇作という男も実に身勝手な男ですねぇ~

 奥さん役の倍賞千恵子が流産して、自棄になって喧嘩して相手を誤って殺して刑務所に入り、自分の方から一方的に離婚届けを奥さんに渡して・・
 それで出所して、まだ再婚していなかったら、竿に黄色いハンカチを出してくれだなんてね。

 こんなの随分と虫のいい話ですよ。自分の方から別れ切り出しといて・・・男のエゴイズムのようなものですよ。

 それで奥さんは離婚届けは刑務所に送ったものの、結局は再婚せずに、夫が刑期を終えて帰ってくるのをずっと待っていたのです。

 「ALWAYS 三丁目の夕日'64」の時に言いましたが、公開されたのが
昭和52年の秋。だからというわけでもありませんが、やはり作品に
“昭和という時代”を感じました。
北炭の工場の前を曲がりほらっ!


勇作の目に飛び込んでいる黄色いハンカチ 
 映画の中で、健さんの俺は不器用な男だから・・”という台詞が出てきます。

 それこそが、映画スター・
高倉健さんがずっと演じてきた“不器用だけど・・カッコいい”の健さんキャラじゃないですか。

 だから監督の山田洋次は、最初から主人公・島勇作を高倉健さんをイメージして書いています。
 健さんのスケジュールが空いてなかったら、健さんの体が空くまで撮影をスタートしなかったように思います。

 この映画で健さんは、翌年の名だたる映画賞の主演男優賞を受賞してます。健さんが東映のヤクザ映画やっている頃は賞とは無縁の役者でした。
 受賞したのは、健さんだけではなく作品賞も殆どの映画賞で独占しました。
笑顔になっている二人言葉が出てこない勇作

 結局は、健さん演じる島勇作の背中を押したのは、当時まだ若かった武田鉄矢と桃井かおりです。

 健さんは、自分から離婚届けを突きつけといて、今更待っているわけがないという迷いがありました。
 それでも、
武田鉄矢の“勇さん、行こう!夕張にと後押しされて、元・妻が自分の帰りを待っていてくれている可能性に賭けました。

 当然、奥さんが待っている展開になるのは判り切ったことなのに・・・桃井かおりが指指す先に、黄色いハンカチがなびくシーンは何度見ても泣けてきます。

 そこにあるのは、
“寅さん映画”や「家族」などで、山田洋次が一貫して描いてきた“時代を通した家族愛”なのです。
背中を押す朱美二人の感謝の言葉が出ない勇作 
 健さんは、ここまで連れて来てくれた若い二人と握手はするけど、感謝の言葉は口には出しません。

 いや、口に出さなくても寡黙な男は、顔で感謝を二人に伝えているのです。
健さんの顔が“ありがとう”の言葉で満ち溢れています。

 余計な言葉は必要ない。それが今まで我々のイメージに根強く残っている、
映画スター・高倉健なのです。

泣いている光枝朱美も泣いている 
 そんな感動の再会のラストシーン、アップがあるのは倍賞千恵子だけで、健さんがどんな表情しているのか判りません。

 それでも顔は見えないまでも、恥ずかしそうな健さんの表情が浮かんできてしまいます。

 DVDに収録されている山田洋次監督のインタビューでは、欧米ではこのシーンで笑いが起きたそうです。
 欧米なら、間違いなく二人は抱き合う、けれどそうはならない。日本人は、こうなんだという笑いのようです。
キスする二人風になびく黄色いハンカチ 
 いや、二人は抱き合わないからいいのです。ここでアメリカ映画のように、感動の抱擁だったら、日本映画ではなくなってしまいます。

 確かに、これは
“永遠に変わらない愛”を描いて観客たちもそこに感動しました。
 しかし、改めて見直すと、この映画は健さんの今までの任侠路線から離れて役者としての再スタートを切った、健さんの為にあった映画のような気がしてきました。

 それだけに・・・あともう一本、主演作見たかったよ、健さん。
 70年代後半からの健さんの主演作はどれも名作ばかりでした。役者は肉体は、この世に無くなっても、スクリーンの中で永遠に生き続けます。

 そして・・・健さんの安らかなご冥福をお祈りすると共に、
健さんが遺してくれた作品を我々はこれからも見続けていくのです。


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●追加・テレビドラマ「幸福の黄色いハンカチ」1982年TBS放送
出所してきた文太兄い振り返る勇作 
 CSのチャンネルNECOで1982年にTBSでドラマ化された「幸福の黄色いハンカチ」が放送が12/1からスタートしています。
 当初は高倉健さんの追悼関連番組の予定だったのが・・・
12/1にそのドラマで主演していた菅原文太さんの訃報が発表されて、
“菅原文太・追悼番組”となってしまいました。
 このドラマで島勇作を演じた時、文太さんは48歳でした。ちなみに健さんは46歳の時の映画です。

 同じ東映でヤクザ映画のスターで、
“文ちゃん”の愛称で親しまれた菅原文太さんは、健さんと東映時代に11本の共演がありました。
やっぱりビールを一気飲み元妻に葉書を書く 
 寡黙で静かな役を演じ続けた健さんとは対照的な文ちゃんが演じた「トラック野郎」でのコミカルな星桃次郎役が強烈に残っています。
 「仁義なき戦い」などのアウトローヤクザの印象が強いですが、個人的には子供の頃はコメディーの
“文ちゃん映画”を見る機会が多くあり、それが凄く面白かった記憶があります。

 いずれまた、
“文ちゃん追悼特集”もやりますが、今回は少しだけ菅原文太さんの島勇作を演じたキャプ画像をアップしました。

 しかし、日本映画を支えてきた二大巨星が揃って逝ってしまうなんて・・・実に悲しいです。


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