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遺体 明日への十日間 

2013/09/19 02:09/Thu
DMM.com DVD通販、レンタルなどの総合サイト
チラシ表&裏 
3.11の大震災直後の岩手の釜石で
あの時、残された人々には
悲しむ時間さえなかった

遺体安置所に来て、口を手に唖然としいいる相葉遺体安置所に横たわる遺体の数々 
 今回は「遺体 明日への十日間」です。
 監督・君塚良一。主演・西田敏行。共演に佐藤浩市、志田未来、筒井道隆、酒井若菜、柳葉敏郎。
 
あの3.11直後の遺体安置所を巡る十日間の物語です。

娘の遺体を撫でながら泣く母親遺体に付き添っている家族こうすれば、ご家族がx探しに見えられても、そんなに動揺しなくて済むでねぇかなぁと思って遺体のの検死を行っている下泉医師ああ、よかった・・職員一同、黙祷してお経を聞いている
 今思い出しても、痛々しいあの3.11の震災の出来事。
 今回の作品は、その直後に遺体安置所となった場所を巡る様々な人々の悲しみと葛藤を描いています

 
 今回の新作映画では、作品の多くの内容触れてしまっている数々のネタバレがあります。
 これから、レンタル等で借りて見ようと思っている方は、出来れば見てから当記事を読んだ方がいいかもしれません。

 今でも、忘れることの出来ないあの3.11の大震災直後の人々の悲しみが突き刺さる君塚良一の渾身の力作でした。
 それでは、あの震災直後の映像化された遺体安置所の物語は、下の追記を読む、からご覧になって下さい。

2013年2月23日公開
監督、脚本:君塚良一
原作:石井光太『遺体 震災、津波の果てに』
音楽:松本晃彦
製作:亀山千広(フジテレビ)
プロデューサー:高橋正秀、古郡真也、清野真紀、前田久閑
エグゼクティブプロデューサー:種田義彦
協力プロデューサー:高井一郎、河端由梨子
撮影:栢野直樹
音楽:村松崇継 
主題歌:シャンティ「Pray for the World」
VFX:山本雅之 
企画協力:新潮社
製作:フジテレビジョン
制作プロダクション:FILM
配給:ファントム・フィルム

CAST
相葉常夫(民生委員) - 西田敏行
土門健一(葬儀社社員) - 緒形直人
及川裕太(釜石市職員) - 勝地涼
芝田慈人(住職) - 國村隼
大下孝江(歯科助手) - 酒井若菜
下泉道夫(医師) - 佐藤浩市
山口武司(釜石市市長) - 佐野史郎
松田信次(釜石市職員) - 沢村一樹
照井優子(釜石市職員) - 志田未来
平賀大輔(釜石市職員) - 筒井道隆
正木明(歯科医師) - 柳葉敏郎
1時間45分 ビスタサイズ

●予告編



ストーリー
 2011年3月11日。岩手県釜石市。午後を少し回った時刻。街はまだ何ごともなくいつもの日常がそこにありました。
 この物語の主人公・相葉常夫は長年勤めた葬儀社を退職して、今は民生委員として、中妻北地区コミュニュティー消防センターでお年寄りと共に卓球をしていました。

相葉 私の夢は皆さんをオリンピックに連れていくこと。強化合宿もやるからね。
 おじいちゃん、おばあちゃんたちを相手に相葉はそんな冗談を飛ばしていました。その二年半後に東京に再びオリンピック開催が決定することなど、まだ誰もが予想していない頃でした。

 運命の14時36分。マグネチュード9.0の大地震が東日本を襲いました。東北地方が震源地となり、大津波が町を一気に呑み込み多くの人の命を奪っていきました。
震災直前の岩手県釜石市強化合宿やるからまだ何も起きていない市内の人々お孫さん、小学生ですよ震災直後、散らかったピンポン球どうなってんの・・ 
 震災直後、相葉は散らかったピンポン球を片づけいるところでした。相葉がいる消防センターには幸いにして、津波は襲ってこなかったようです。

 大きな地震が来たことは相葉は判りましたが、それがどの程度の規模でどけだけの被害を出したのか、今は全く判りませんでした。
 近所の人たちが駆けつけて、大きな津波が来て、多くの人が津波に吞まれて亡くなったことを相葉は知らされました。

 相葉は気になって、廃校になっている旧釜石第二中学校に行きました。そこは臨時の遺体安置所になっており、次々と遺体が運ばれてきます。
 しかし、運んでくる職員たちの遺体を体育館に置く作業が余りにも乱暴で、相葉は痛々しい気分にされられました。
あっらーーーっ・・・住宅や店舗もやられたみたいで、かなりの死者が出ています大きな余震が来て、騒然となる市の職員たち運び込まれてきた遺体ビニール袋に入れられた遺体の一部様子を見に来た相葉 
 釜石市の職員たちは遺体の扱いを全く知らないようで、まるで廃棄物のように物のように床に落としてゆくのです。
 余りにも酷い扱いにそこにいる家族と思われる人たちの怒声が飛び交い、安置所は騒然としていました。

 相葉は見るに耐えなくなり、すぐに市役所に向かい、顔見知りの旧知の市長の山口を訪ね、遺体安置所の惨状を報告しました。
相葉 あの・・・今、遺体の安置所にちょっと行ってきたんですけど、お医者様の検案は始まったそうですけど、あの、その他は上手くいってない状況です。
山口 うまくいってないってどういうことですか。
相葉 御遺体のですね、扱い方を判っている方がいなくて、現場が大変混乱しています。
 行方を分からなくなった家族をですね、あのいっぱい人が見えられて、増えるんじゃないでしようか。

 市長の山口にそう話すと相葉は、涙が溢れてきて目頭を押さえました。
入ってきて言葉を失う相葉津波に呑まれて真っ黒な遺体汚れた毛布から飛び出している遺体の手ちゃんと優しく・・やってやれば・・遺体の顔の泥をぬぐっている検案をしている下泉医師 
相葉 それ・・それでですね。今後は葬儀社の方々とうまくこの・・連携してですね。やってたほうがいんでないかと・・・
山口 相葉さん、葬儀社で働いていたんですよね。
相葉 はい、三年前まで・・・市長、私、遺体安置所で働きたいんですけど・・
 相葉の申し出は市長の山口にとって願ってもないことで、山口は相葉を遺体安置所のお世話役リーダーとしてお願いしました。
 お世話役リーダーといっても、相葉は臨時の市の職員というわけでなく、ボランティアという立場でした。

 長年の葬儀社での経験から、遺体の扱いを熟知している相葉が職員たちにもっと遺体を優しく扱うように指示や遺体に語りかけるなどして、殺伐した安置所で家族たちの心を少し和らげるものになっていきました。

 しかし、遺体はその後も次から次ぎへと安置所に運び込まれ、多くの人々の悲しみが、遺体安置所を埋め尽くしていくのでした・・・
増えるじゃないでしょうか運ばれてきた遺体でも、あの・・救助活動はしているんですか寝かされている遺体呆然としている正木詩歌医師と助手の木下遺体の歯型確認している正木 
 ストーリーの紹介は以上です。
 今回の作品、一人のジャーナリストの目を通しての原作なのに、映画の中ではそのジャーナリストは全く出てきませんでした。

 その代わりが、元葬儀社社員で民生委員の西田敏行なのでしょう。この西田敏行が演じた人物って、実在したのでしょうか。原作を読んでいないので、今のところ判りません。

 3.11震災ドラマはテレビや映画で、今までよくありましたが、震災直後の遺体安置所を舞台にした話は今までになかったような気がします。
 主演はあくまでも、西田敏行ですが、タイトルに「遺体」とあるように、安置所に運ばれてくる
“震災で亡くなられた方々の遺体”が、この作品の本当の主役のような感じです。
手を合わす相葉遺体に手を合わせるできるだけご家族がなごむ言葉をひとつ・・じゃ一緒に並べてあげましょうよどうして助けてくれなかったっ!亡くなった娘の遺体にすがりつく歯親 
 最初の頃、釜石職員たちの遺体を安置所に置く作業が実に乱暴です。もう死体となってもう痛みをかんじないだろうからというのか、まるで“廃棄物”のように体育館の床に投げ出していきます。
 それを見ていた西田敏行は、職員たちにもっと優しくしてやってと諭します。

 まあ、遺体なんか扱ったことがないことに加えて、町は亡くなった人々の死体で溢れ返っている状況だったら、あの状況では遺体を無造作に扱うのも仕方ないのかなと思います。

 ちょっとヒドイなと思ったのは、母親と思われる女性が、災害時で救助にあたった隊員の顔を憶えていて、娘を救えなかったことに、
その隊員を“人殺し”呼ばわりすることです。
 救助にあたった隊員は自衛隊員ではありません。ヘリとかそんな装備も持たないでしようから、助けてやりたくても、どうしようもないことだってあるでしょう。
遺体は話しかけられると人としての尊厳を取り戻すそうだ死んで骨になっても、お父さんはお父さん・・あの思ったですが、祭壇を作ったらどうですかあの横たわっている方々は死体ではないですあんたぁ・・これ頂いていいですか 
 救助にあたった市の職員だって、必ずしも救助のスペシャリストというわけでもないでしょうしね・・
 それを娘さんを助けてもらえなかったことで、人殺し呼ばわりするなんて・・・娘の命を奪ったのは自然災害だというのに・・・
 これは、あの震災で人間の理性をも奪ったという象徴的なことなのでしようね。

 劇中で西田敏行は、遺体に話しかけるとその人の顔付きが和らぐ、というようなことを言います。いかにも葬儀社に勤めてきた人の言うことですね。
 実際に、遺体が話しかけられて表情なんか変えたら、それはホラーですけどね。

 ただ、それは遺族に対しても気持ちなのでしょうね。大切な人が亡くなった時は悲しくてたまらない。それは誰でも同じです。
さあ・・ちょっと暗くなるけど我慢してねこうすれば、ご家族がx探しに見えられても、そんなに動揺しなくて済むでねぇかなぁと思って娘の遺体につきそっている母親食べて棺が入れられてきた 
 それでも、西田敏行が言ってることはあながち間違いではないなと思いました。
 遺体に話しかけても、もう返事することはない。だけど、そうすることによつて、遺族の悲しい気持ちが少しだけ和らぐという効果があるのでしよう。

 また、西田敏行は、若い職員に、
“あそこに横たわっている方々は死体ではありません。御遺体ですよ”と諭します。
 死体を“御遺体”として扱う。そうすることによって失われた人間の尊厳を取り戻すそうです。

 何気ない言葉ですが、御遺体っていろんな意味を含んだ深い言葉ですよね。人の生死なんて、本当に運、不運が左右するものです。
 ただ、今こうして生きている我々は、あの3.11に被災地にいなかった。ただ、それだけのことですよね。
遺体から指輪を外してやる相葉はい、お母さんの指輪私たちにできることは待つことだけなんだから住職こそ、お寺の方は大丈夫だったんですか毎日毎日、ご遺体の前で・・手を合わせる照井 
 あの3.11の日に旅行なり出張などで、被災地にいたら、この映画の中に描かれる遺体として・・・今ここに存在していなかったかもしれない。
 地元でも故郷でもないのに、運悪くたまたま被災地に行って被害に遭われた方もいたでしょうね・・・・

 ところで、この映画は震災をテーマにしながら、大地震が来た時のシーンは一切ありませんでした。
 たまに、余震が来て建物が揺れるシーンはありますけどね・・・
 勿論、町に津波が襲って来るシーンも全く出てきません。やはり、そういうシーンは、被災者の方々の気持ちを考慮したら、作るべきではないと監督の君塚良一は判断したのでしようね。

 その後の無残な遺体の数々はたくさん出てきます。ただ、想像していたより、その遺体は泥水などで真っ黒ですが、目も当たられないようなひどい遺体ではありませんでした。
 映画の最初の遺体搬送で、ビニールに入れられた遺体の一部と見られるものが出てきますが、それは真っ黒い泥水で隠され体のどの部分か判らなくしてありました。
お経をあげる住職・柴田ちょっと体調が悪いようで、休みたいんです申し訳ございません。水も道具もありません。出棺を見送る相葉たち知人の板が運ばれたと知らされて、思わず涙ぐむ木下社長、何でこんなとこにいるの 
  現実には目を背けたくなるような、変わり果てた遺体もあったでしようが、それは映画では出てきません。
 それが返ってよかったと思います。何もすべてリアルな遺体を出す必要もなかったでしょう。

 安置所で遺体の検死を行っている医師たちも、その場で知人の死体が運ばれてきて、やはり動揺します。無事であってほしいと願っていたのに、最悪なことに自分が家族よりも先に遭遇するなんて・・・すごく辛いでしょうね。
 医師でなかったら、知人の死に顔を真っ先に見ることもなかったのに・・

 それと、主人公を演じている西田敏行はボランティアということで、軽食の配給もなしです。この安置所にはなくてはならない存在だというのに・・規則と言えばそれまでです。
 映画の中では、医師役の佐藤浩市が
西田敏行に強引に、軽食のゆで卵を奥さんの分までもらって渡すシーンは、少し救われたような気分になりました。
 救援物資は避難所に行って、遺体安置所に働く人たちには、その程度の軽食しか配給されなかったのですね・・・・
中でも辛かったのは・・悲しむように雪が降る孝江ちゃん、一緒に行くべ立ち尽くす相葉たちもう少しの辛抱だからねーー役目を終えようとしている遺体安置所 
 3.11震災のドラマは数々あれど、遺体安置所を舞台にした君塚良一の目のつけどころは流石です。
 映画はアッという間に終わったような感じでした。上映時間1時間45分は短く感じられ、二時間半はあってもよかったような気がします。

 あの3.11 から丁度二年半の歳月が流れました。
 時間の経過と共に忘れてしまいそうになりますが、昔日本にこういう悲しい出来事があった、それはやはり憶えておくべきでしようね。
 見終わって、ズシンと気分は重くはなりますが、
それだけに見応えのある力作だと思いました。



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