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ALWAYS 三丁目の夕日'64
2012/07/21
20:54/Sat


時代は変わっても忘れられない絆がある
1964年の東京オリンピックの時代
いつの時代でも・・・そこには家族がいた


今回は「ALWAYS 三丁目の夕日'64」です。
監督・山崎貴、出演は吉岡秀隆、堤真一、薬師丸ひろ子、堀北真希、小雪、須賀健太のレギュラーメンバーに加えて、今回は新たに森山未来、大森南朋などが出演しています。






今回のALWAYS 三丁目の夕日、第三作目の舞台は1964年の東京オリンピック開催の時代で、六ちゃんの恋が中心に描かれています。
前作から五年。前作で子供だった淳之介や一平も高校生になっています!
今回のシリーズ第三作もキッチリ笑わせて、しっかり泣かせてくれる喜劇の王道作品に仕上がっています。
それでは、再び懐かしい夕日町三丁目の人々に会いたい方は、下の追記の読む、から三丁目ワールドを覗いてみて下さい。
監督・VFX:山崎貴
原作:西岸良平『三丁目の夕日』(小学館『ビッグコミックオリジナル』連載)
脚本:古沢良太、山崎貴
編集:宮島竜治
音楽:佐藤直紀
主題歌:BUMP OF CHICKEN「グッドラック」(トイズファクトリー)
製作:「ALWAYS 三丁目の夕日'64」製作委員会
(日本テレビ・ROBOT・小学館・バップ・東宝・電通・読売テレビ・阿部秀司事務所・読売新聞・白組 / STV・MMT・SDT・CTV・HTV・FBS)
配給:東宝
CAST
茶川竜之介:吉岡秀隆
鈴木則文:堤真一
鈴木トモエ:薬師丸ひろ子
茶川(旧姓:石崎)ヒロミ:小雪
星野六子:堀北真希
古行淳之介:須賀健太
鈴木一平:小清水一揮
大田キン:もたいまさこ
菊池孝太郎:森山未來
富岡:大森南朋
茶川林太郎(竜之介の父親):米倉斉加年
奈津子(茶川家の分家の叔母):高畑淳子
ケンジ:染谷将太
雄一郎:持丸加賀
中山武雄:浅利陽介
丸山精肉店:マギー
吉田自転車:温水洋一
電報局員:神戸浩
中島巡査:飯田基祐
氷屋(水野):ピエール瀧
電器屋:蛭子能収
産婆:正司照枝
宅間史郎:三浦友和(特別出演)
2時間22分 シネマスコープサイズ
●予告編
●ストーリー
あれから五年の歳月が経ちました。
時は1964年、昭和39年の夏。その年は日本で初めての東京オリンピックが開催され、日本中そのオリンピックで沸いていた頃でした。
茶川は晴れてヒロミと夫婦になって、第一子がヒロミのお腹に宿っていました。
しかし、五年前芥川賞を惜しも落選した茶川でしたので、その夫の収入だけでは生活は出来ません。ヒロミは駄菓子屋の一部を改装して、居酒屋「やまふじ」を始めて家計を支えていました。
ある日、茶川家に待望のテレビが配達されました。但し、白黒テレビです。
お向かいの鈴木家では、同じに日にカラーテレビが運ばれていました。茶川は気になって、ヒロミや淳之助と共に鈴木家に様子を見に行きました。





近所の人たちが集まる中、早速テレビをつないでスイッチを入れると、当時子供たちの人気番組「ひょこりひょうたん島」がカラーの画面で出ました。
鈴木オートは意気揚々としています。
鈴木 おう、ブンガク。オリッピック、カラーで見たかったら来てもいいぞ。へへへへー。
茶川 ぼかあ、オリンピックなんて興味ないね。あんなの大げさな運動会じゃないか。
茶川は皆に減らず口の負け惜しみを言って、自分ちに戻ります。
翌朝、六ちゃんはおめかししてちょっと外に出ました。平日ですから、休みというわけではありません。六ちゃんの目的はある男に朝に挨拶をすることでした。それがいつも六ちゃんの最近の朝の日課でした。
それは六ちやんが工場で火傷をした時に診てもらった若い医師の菊池先生でした。





六ちゃんは、電柱のところに隠れて、菊池先生が来たら、あたかも偶然通りかかった振りをして挨拶するのです。
先生と交わす言葉は、“おはようございます”のたったひと言です。それ以上の会話はありません。
それは六ちゃんの初恋でした。実は、その恋は六ちゃんの片思いというわけでもありません。
相手の菊池先生もまた、六ちゃんのことが気になる女の子になっていたのです。
後日、六ちゃんの恋は、思わぬ展開をしてきます。三丁目角のたばこ屋のおばちゃんが、六ちゃんが菊池先生に恋をしているのをいち早く気づきました。
ある日、車がエンストして修理してほしいと菊池先生が鈴木オートにやって来て、修理した後で六ちゃんは菊池先生にデートに誘われました。
果たして、六ちゃんの恋は実を結ぶのか!?





ストーリーの紹介はこのぐらいにします。
六ちゃんの恋以外にも、茶川と20年も疎遠だった父親との確執、淳之介の巣立ちと、いろいろと盛り込まれたシリーズ第三作でした。
最近レンタルリリースされた新作ですから、そのほとんどのストーリーを書くわけにはいかないですからね。
その他の六ちゃんの恋以外のことも触れていきますが、ラストは明かしません。
とは言っても、予告編だけでも最後の方でどんな展開になったかは、だいたいが想像つきますよね。
唯一、想像と違ってたのが淳之介の茶川家からの巣立ちでした。
この第三弾の新作も、かなり気に入っています。このシリーズは作品の出来とかは、そんなものはどうでもいいです。





個人的にこのALWAYSシリーズは大のお気に入りなので、登場人物にかなりの思い入れが入っています。
三丁目の人々のその後が見れただけで、幸せなのです。
まあ、そうは言っても映画ならでの作り物の世界ですからね。いろいろと現実離れした描写ってのが当然あります。
前作では茶川は最終選考まで残りながら、芥川賞を結局は取れなかった。
なのにヒロミは茶川の元に帰ってきた。成金の愛人よりも、自分だけを愛してくれる茶川を選んだわけです。
でも、苦労するの目に見えているじゃないですか。芥川賞受賞した作家は皆、憶えているけど、それを逃した作家なんて記憶の片隅にも残りません。
作家といっても、茶川は相変わらず少年誌の連載一本だけで、単行本化している作品もなく、そのロイヤリティーもありません。





茶川一人なら、それでも何とか食べていけなくもないですけどね・・・子供がいて奥さんももらつたら、彼の収入ではどうにもならないでしよう。
この第三作も茶川の微々たる収入だけでは生活ではないから、奥さんのヒロミは居酒屋をやって何と生計を立てています。
それでも、この映画の中でヒロミを演じる小雪は
“アタシ、幸せだよ”と言います。
そこに、昭和という時代を感じました。
これが平成の現実なら、どうでしよう。そんなたいした収入もない男と結婚して、その夫は作家というものを捨てきれずにいて定職に就こうともしない。
こんなの平成の現代だったら五年も持たずに、離婚していますよ。
生活できるまでの収入のない夫なんて、奥さんに愛想尽かされるでしょう。
愛情も生活があって成り立つものです。





しかし、これは映画の世界。茶川とヒロミが経済的に破綻して離婚した現実的なものは見たくはありません。
いつか茶川も陽の目を見る日があるかもしれない。多分、そう思って映画の中のヒロミは彼に安定した会社勤めを望まないかもしれないです。
前作「続・ALWAYS 三丁目の夕日」の中で、淳之助の実父の成功者・小日向文世は、茶川の小説「踊り子」を読んだ後にこう言います。
“実に甘い。現実はこうはいかない”
それは極めて当たり前の正論です。
芥川賞を受賞したならまだしも、逃した者の所にいても苦労するだけです。





でも、映画は何も現実の世界を離れて、“架空の理想の世界”を見たいわけです。
前作、「続・ALWAYS 三丁目の夕日」がヒロミが茶川から去ったままで終わるような描き方だったら・・・映画としては成立しません。
そんなアン・ハッピーエンドの結末だったらヒットもしなかったでしょう。
映画の中で作り手たちは、観客に現実には有り得ない“夢”を見せる。
それでいいような気がしますよ。
どうせ、絵空事の架空の世界じゃないですか。映画でよく登場してくるタイムマシーンなんてものも、現実には作れるわけがないんですからね。
これからも、苦労するのは判ってても、それでも幸せだと言い放つ。それがやはり何度も言うように、昭和という時代だったのですよ。





かなり感傷的になり過ぎました。
ところで、この第三作もかなり笑えました。
もう、劇画とか漫画の世界に近いものがありました。
シリーズ定番の鈴木オートが怒ると、髪の毛が逆立って、今回は耳からプシューと湯気が噴出します。
そして、顔も変貌します。その鈴木オートが変身するキャプ写真はアップしていませんので、何に変身するか本編で確認して下さい。

それに、殴られて後ろ向きに真っ直ぐに飛んでいくなんて、有り得ねーーーーっ!
鈴木オートはWBCかなんかの元ボクサーかって。
でも、そのシーンで大笑いしました。
ああ、このシリーズって喜劇だったんだ、って改めて思いました。
今回も鈴木オート社長の、口よりも先に手が出る“昭和のオヤジ”健在です!





その他にも、茶川と父親の20年に渡っての父子の確執も心に痛いものがありました。
自分も父親とは、マトモに会話した記憶が余りないですから、これはねぇ~、ズシンと来ました。
それでも、茶川の父親は表向きは息子を作家として認めてないくせして、実は息子の書いたものは全部読んでた。
やはり親は親なんだということですね。
そして、茶川も父親にされた同じようなことを淳之介にもしてしまいます。
自分(茶川)だって父親に勘当されてまで自分の好きな道に進んだのに・・
血は全くつながってはいない他人だけど、茶川にとっては、淳之介は息子同然になっていますからね。
淳之介に自分と同じ思いはさせたくなってのも判るけど、自分も淳之介のように夢を諦め切れずに、父親を振り切ってまで好きな道に進んだわけです。
これは、因果応報、ってやつですね・・。



この映画には、いろいろなものが詰め込まれています。
いっぱい笑って、やはり最後はしみじみしています。
別に昭和という時代を回顧するというものだけではなく、やはりいつもそこには家族という絆があった。
それは誰しもが経験してきたことです。
このシリーズの映画を見てると、かすかに忘れていた昔の自分の家族の思い出が蘇ってきました。

この作品は、昭和という時代を通して、今そこにある“ささやかな幸せ”というものを考えさせてくれます。
これは誰に何と言われようが、「ALWAYS 三丁目の夕日'64」は傑作であり後世に残したい名作です。
これからも、このシリーズは作り続けてほしいものです。
●追記 鈴木一平の五年という歳月の経過

上のキャプ写真を見比べてみて下さい。鈴木一平役の小清水一揮です。
最初、その一平役、別の役者がキャスティングされたのかと思うほど声も顔も変わっていました。確認してみたら、やっぱり一平役は前作と同じ小清水一揮でした。
声がまるで違うのです。 一平君は、今回の第三作では五年前の面影もありません。
須賀健太の方は声も昔の面影がありましたね。須賀健太も声変わりはしていましたが、“ああ、須賀健太だ”って判りますよ。
子供って、たった五年でここまで変わってしまうものなんですね。
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原作:西岸良平『三丁目の夕日』(小学館『ビッグコミックオリジナル』連載)
脚本:古沢良太、山崎貴
編集:宮島竜治
音楽:佐藤直紀
主題歌:BUMP OF CHICKEN「グッドラック」(トイズファクトリー)
製作:「ALWAYS 三丁目の夕日'64」製作委員会
(日本テレビ・ROBOT・小学館・バップ・東宝・電通・読売テレビ・阿部秀司事務所・読売新聞・白組 / STV・MMT・SDT・CTV・HTV・FBS)
配給:東宝
CAST
茶川竜之介:吉岡秀隆
鈴木則文:堤真一
鈴木トモエ:薬師丸ひろ子
茶川(旧姓:石崎)ヒロミ:小雪
星野六子:堀北真希
古行淳之介:須賀健太
鈴木一平:小清水一揮
大田キン:もたいまさこ
菊池孝太郎:森山未來
富岡:大森南朋
茶川林太郎(竜之介の父親):米倉斉加年
奈津子(茶川家の分家の叔母):高畑淳子
ケンジ:染谷将太
雄一郎:持丸加賀
中山武雄:浅利陽介
丸山精肉店:マギー
吉田自転車:温水洋一
電報局員:神戸浩
中島巡査:飯田基祐
氷屋(水野):ピエール瀧
電器屋:蛭子能収
産婆:正司照枝
宅間史郎:三浦友和(特別出演)
2時間22分 シネマスコープサイズ
●予告編
●ストーリー
あれから五年の歳月が経ちました。
時は1964年、昭和39年の夏。その年は日本で初めての東京オリンピックが開催され、日本中そのオリンピックで沸いていた頃でした。
茶川は晴れてヒロミと夫婦になって、第一子がヒロミのお腹に宿っていました。
しかし、五年前芥川賞を惜しも落選した茶川でしたので、その夫の収入だけでは生活は出来ません。ヒロミは駄菓子屋の一部を改装して、居酒屋「やまふじ」を始めて家計を支えていました。
ある日、茶川家に待望のテレビが配達されました。但し、白黒テレビです。
お向かいの鈴木家では、同じに日にカラーテレビが運ばれていました。茶川は気になって、ヒロミや淳之助と共に鈴木家に様子を見に行きました。






近所の人たちが集まる中、早速テレビをつないでスイッチを入れると、当時子供たちの人気番組「ひょこりひょうたん島」がカラーの画面で出ました。
鈴木オートは意気揚々としています。
鈴木 おう、ブンガク。オリッピック、カラーで見たかったら来てもいいぞ。へへへへー。
茶川 ぼかあ、オリンピックなんて興味ないね。あんなの大げさな運動会じゃないか。
茶川は皆に減らず口の負け惜しみを言って、自分ちに戻ります。
翌朝、六ちゃんはおめかししてちょっと外に出ました。平日ですから、休みというわけではありません。六ちゃんの目的はある男に朝に挨拶をすることでした。それがいつも六ちゃんの最近の朝の日課でした。
それは六ちやんが工場で火傷をした時に診てもらった若い医師の菊池先生でした。






六ちゃんは、電柱のところに隠れて、菊池先生が来たら、あたかも偶然通りかかった振りをして挨拶するのです。
先生と交わす言葉は、“おはようございます”のたったひと言です。それ以上の会話はありません。
それは六ちゃんの初恋でした。実は、その恋は六ちゃんの片思いというわけでもありません。
相手の菊池先生もまた、六ちゃんのことが気になる女の子になっていたのです。
後日、六ちゃんの恋は、思わぬ展開をしてきます。三丁目角のたばこ屋のおばちゃんが、六ちゃんが菊池先生に恋をしているのをいち早く気づきました。
ある日、車がエンストして修理してほしいと菊池先生が鈴木オートにやって来て、修理した後で六ちゃんは菊池先生にデートに誘われました。
果たして、六ちゃんの恋は実を結ぶのか!?






ストーリーの紹介はこのぐらいにします。
六ちゃんの恋以外にも、茶川と20年も疎遠だった父親との確執、淳之介の巣立ちと、いろいろと盛り込まれたシリーズ第三作でした。
最近レンタルリリースされた新作ですから、そのほとんどのストーリーを書くわけにはいかないですからね。
その他の六ちゃんの恋以外のことも触れていきますが、ラストは明かしません。
とは言っても、予告編だけでも最後の方でどんな展開になったかは、だいたいが想像つきますよね。
唯一、想像と違ってたのが淳之介の茶川家からの巣立ちでした。
この第三弾の新作も、かなり気に入っています。このシリーズは作品の出来とかは、そんなものはどうでもいいです。






個人的にこのALWAYSシリーズは大のお気に入りなので、登場人物にかなりの思い入れが入っています。
三丁目の人々のその後が見れただけで、幸せなのです。
まあ、そうは言っても映画ならでの作り物の世界ですからね。いろいろと現実離れした描写ってのが当然あります。
前作では茶川は最終選考まで残りながら、芥川賞を結局は取れなかった。
なのにヒロミは茶川の元に帰ってきた。成金の愛人よりも、自分だけを愛してくれる茶川を選んだわけです。
でも、苦労するの目に見えているじゃないですか。芥川賞受賞した作家は皆、憶えているけど、それを逃した作家なんて記憶の片隅にも残りません。
作家といっても、茶川は相変わらず少年誌の連載一本だけで、単行本化している作品もなく、そのロイヤリティーもありません。






茶川一人なら、それでも何とか食べていけなくもないですけどね・・・子供がいて奥さんももらつたら、彼の収入ではどうにもならないでしよう。
この第三作も茶川の微々たる収入だけでは生活ではないから、奥さんのヒロミは居酒屋をやって何と生計を立てています。
それでも、この映画の中でヒロミを演じる小雪は
“アタシ、幸せだよ”と言います。
そこに、昭和という時代を感じました。
これが平成の現実なら、どうでしよう。そんなたいした収入もない男と結婚して、その夫は作家というものを捨てきれずにいて定職に就こうともしない。
こんなの平成の現代だったら五年も持たずに、離婚していますよ。
生活できるまでの収入のない夫なんて、奥さんに愛想尽かされるでしょう。
愛情も生活があって成り立つものです。






しかし、これは映画の世界。茶川とヒロミが経済的に破綻して離婚した現実的なものは見たくはありません。
いつか茶川も陽の目を見る日があるかもしれない。多分、そう思って映画の中のヒロミは彼に安定した会社勤めを望まないかもしれないです。
前作「続・ALWAYS 三丁目の夕日」の中で、淳之助の実父の成功者・小日向文世は、茶川の小説「踊り子」を読んだ後にこう言います。
“実に甘い。現実はこうはいかない”
それは極めて当たり前の正論です。
芥川賞を受賞したならまだしも、逃した者の所にいても苦労するだけです。






でも、映画は何も現実の世界を離れて、“架空の理想の世界”を見たいわけです。
前作、「続・ALWAYS 三丁目の夕日」がヒロミが茶川から去ったままで終わるような描き方だったら・・・映画としては成立しません。
そんなアン・ハッピーエンドの結末だったらヒットもしなかったでしょう。
映画の中で作り手たちは、観客に現実には有り得ない“夢”を見せる。
それでいいような気がしますよ。
どうせ、絵空事の架空の世界じゃないですか。映画でよく登場してくるタイムマシーンなんてものも、現実には作れるわけがないんですからね。
これからも、苦労するのは判ってても、それでも幸せだと言い放つ。それがやはり何度も言うように、昭和という時代だったのですよ。






かなり感傷的になり過ぎました。
ところで、この第三作もかなり笑えました。
もう、劇画とか漫画の世界に近いものがありました。
シリーズ定番の鈴木オートが怒ると、髪の毛が逆立って、今回は耳からプシューと湯気が噴出します。
そして、顔も変貌します。その鈴木オートが変身するキャプ写真はアップしていませんので、何に変身するか本編で確認して下さい。


それに、殴られて後ろ向きに真っ直ぐに飛んでいくなんて、有り得ねーーーーっ!
鈴木オートはWBCかなんかの元ボクサーかって。
でも、そのシーンで大笑いしました。
ああ、このシリーズって喜劇だったんだ、って改めて思いました。
今回も鈴木オート社長の、口よりも先に手が出る“昭和のオヤジ”健在です!






その他にも、茶川と父親の20年に渡っての父子の確執も心に痛いものがありました。
自分も父親とは、マトモに会話した記憶が余りないですから、これはねぇ~、ズシンと来ました。
それでも、茶川の父親は表向きは息子を作家として認めてないくせして、実は息子の書いたものは全部読んでた。
やはり親は親なんだということですね。
そして、茶川も父親にされた同じようなことを淳之介にもしてしまいます。
自分(茶川)だって父親に勘当されてまで自分の好きな道に進んだのに・・
血は全くつながってはいない他人だけど、茶川にとっては、淳之介は息子同然になっていますからね。
淳之介に自分と同じ思いはさせたくなってのも判るけど、自分も淳之介のように夢を諦め切れずに、父親を振り切ってまで好きな道に進んだわけです。
これは、因果応報、ってやつですね・・。




この映画には、いろいろなものが詰め込まれています。
いっぱい笑って、やはり最後はしみじみしています。
別に昭和という時代を回顧するというものだけではなく、やはりいつもそこには家族という絆があった。
それは誰しもが経験してきたことです。
このシリーズの映画を見てると、かすかに忘れていた昔の自分の家族の思い出が蘇ってきました。


この作品は、昭和という時代を通して、今そこにある“ささやかな幸せ”というものを考えさせてくれます。
これは誰に何と言われようが、「ALWAYS 三丁目の夕日'64」は傑作であり後世に残したい名作です。
これからも、このシリーズは作り続けてほしいものです。
●追記 鈴木一平の五年という歳月の経過


上のキャプ写真を見比べてみて下さい。鈴木一平役の小清水一揮です。
最初、その一平役、別の役者がキャスティングされたのかと思うほど声も顔も変わっていました。確認してみたら、やっぱり一平役は前作と同じ小清水一揮でした。
声がまるで違うのです。 一平君は、今回の第三作では五年前の面影もありません。
須賀健太の方は声も昔の面影がありましたね。須賀健太も声変わりはしていましたが、“ああ、須賀健太だ”って判りますよ。
子供って、たった五年でここまで変わってしまうものなんですね。
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