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松坂慶子の涙 蒲田行進曲・篇 

2009/01/04 01:53/Sun
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蒲田行進曲パンフレット

 青春の門公開の翌年の1982年は、まさしく松坂慶子の年でしたね。
 その年に二本の主演映画があります。二本とも松竹の映画で、「道頓堀川」と「蒲田行進曲」で、どちらも監督は深作欣二です。

 翌年のほとんどの映画賞の主演女優賞は松坂慶子でした。でも、それは「蒲田行進曲」の松坂慶子で、「道頓堀川」だけだったら、賞は厳しかったでしょうね。 

  尚、この記事も2010年12/13に、リニューアルしました。
 最後の方のおまけで「火宅の人」のヌードキャプを追加しています。
 かなり長くなってしまいましたが、続きは下の追記を読む、からどうぞ。

いかにもっ!明治という新しい時代の到来を阻止してみせましょうか長い階段落ちのセット前の席に付き人たちがギューギュー詰めそれゃ、銀ちゃんのセンス、ブッ飛んでますもん酔っぱらって寝た銀ちやんにバーン 
 「道頓堀川」は表向きは松坂慶子と真田広之の話ですか、伏線であった山崎努と佐藤浩市の親子のハスラーの話の方に、この作品の軸がありましたからね。

 この時期、真田広之と佐藤浩市は親友でしたね。年齢が全く同じ(1960年生まれ)ということで気が合ったのでしょう。
 その当時、角川書店のバラエティーという雑誌で、二人の飲み対談がありました。

 その中で、真田広之は佐藤浩市の役が羨ましかったのか、対談の中で、"こいつ(佐藤浩市)の方がいい役で"  と言ってましたね。
 自分の役だって、当時いい女代表だった松坂慶子と濃厚なラブシーンやれて・・・
しかも!松坂慶子の乳房を口に含めたのですから、世の男性は、この映画の真田広之になりたいっ!と誰しもが思いましたよ。
寂しそうな小夏ヤスのボロアパートに連れて来られた小夏実はな・・できちまったんだ、こいつの腹によ。1い、ヤス。わかってんのか。わかったわ、銀ちゃん。抱き合う二人を見て、泣いているヤス 
 佐藤浩市がとんねるずの食わず嫌いに出た時、"若い時は真田君とよく、記憶がなくなるまで飲んでました"  と、言ってましたが、この頃でしょうね。

 この頃の佐藤浩市は、まだ怪優・三国連太郎の息子と言われた時期ですね。友人同士の飲み会でも、父親のこと言われると、露骨にイヤな顔をすると、友人のT見S吾が言ってましたね。
 人気コミック「美味しんぼ」が映画化される時、三国連太郎と佐藤浩市が親子共演していますか、父親の三国連太郎はあっさりと承諾したものの、息子の佐藤浩市がなかなかOKしなくて、その映画のプロジュサー奥山和由は、佐藤浩市の説得に手を焼いたそうですね。

 もし、この「道頓堀川」の父親役を演じたのが、山崎努ではなく、実父の三国連太郎だったら、佐藤浩市はこの映画に出演拒否してたでしょうね。
 いわゆる三国連太郎は佐藤浩市の小さい時から家を出て、女優のT地K和子に入りびたった、"火宅の人" だったようですね。
 昔の佐藤浩市と三国連太郎の関係は、美味しんぼで描かれた、山岡司郎と海原遊山を地でいくような感じだったそうですよ。

 ここ数年は、その父・三国連太郎の呪縛から解き放たれたように、佐藤浩市はいろんな映画で様々役で観客を楽しませてくれて、もう父・三国連太郎を越えたんじゃないかと思える時があります。

 昨年の「ザ・マジックアワー」は父・三国連太郎にはできない、ブッ飛んだ芝居で映画館のお客を大爆笑の渦に叩き込みました。今年の日本アカデミー賞の主演男優賞は是非、佐藤浩市に取ってもらいたいですねっ!
小夏の服を無理やり・・脱がせて・・乳房があらわに揉む銀ちゃんヤス、見てろって言ったろっ!ヤスの見ている前で・・

 話は横道に逸れましたね。青春の門で深作欣二が演出で受け持ったのは主にアクションシーンで、松坂慶子と菅原文太との濡れ場シーンは、蔵原惟繕が担当したそうです。

 それが深作欣二にとっては口惜しかったらしく、それで松坂慶子に濡れ場シーン演出したくて、この企画に乗ったというのがあったでしょうね。
 実際、その後二人は映画を離れて男の女の関係になったと、よく週刊誌に報道されましたからね。

 昔、ボクは若い頃、映画のサークルなるものに入ってまて、そこで深作欣二監督を招いた飲み会を新宿でやったことがあります。「いつかギラギラする日」が公開された年ですから、1992年の年ですね。

 その会で会った、深作監督はどこにでもいるような、焼酎好きなおっさんでしたよ。
 気さくに、 "おい、そこの餃子取ってくれよ" とかね。映画の話をし出すと、止まらない監督で、二次会、三次会と朝まで付き合わされた連中がいました。ボクは終電で帰りましたけどね。

 とにかく、その当時からタフな監督でした。最後の三次会は焼肉屋だったそうです。しこたま飲んで、最後は焼肉とは・・それについて行けたメンバーはいたのかなあ~
 但し、やっぱり松坂慶子の話題だけはタブーで、誰一人として、それには触れないというのが暗黙のルールでしたね。
 流石、撮影所で深作組と称して、深夜作業組とは、よく言ったものです。
小夏の・・乳房を・・執拗に・・愛撫され・・モミ1モミ2
 その時、深作監督を招いての飲み会でボクは深作監督に・・
"真田広之は監督が育てられましたよね" と訊いたら・・・
  深作監督は"いや、あの子が勝手に育ったんだよ。俺は何もしとらんよ" と答えられました。

 それから、新宿三丁目の小さなバーに移動しても、映画の話が続きました。
 そこで監督のシネマスコープ作品が「赤穂城断絶」で終わっているという話題を持ちかけました。

 「いつかギラギラする日」は最初に、シネスコで撮らせてほしいと当時の松竹のプロジュサーの奥山和由に頼んだそうですが・・・
ビデオ化するときのトリミング代に金がかかるとの理由で、ビスタサイズになったそうです

もみ3モミ4もみ・もみしだいに・・二人は、絶頂に・・銀ちゃーーん!

  また無駄話が多くなりましたね。
 急いで松坂慶子の話に戻します。「道頓堀川」に次いで秋に「蒲田行進曲」が公開されました。ボクはこの初日舞台挨拶に行っています。

 でも、それは銀座ではなく上野です。昔は上野松竹という松竹の直営館が上野にありました。
 松竹の直営館なのに、実に地方の田舎の映画館って感じでで、コ汚い映画館でしたが、そこで松坂慶子を初めて真近に見ました。
 銀座だと立ち見でも、
上野だと楽勝に前の席取れましたからね。それにその時の舞台挨拶は夕方からでした。

 そりゃ、もう、すごくキレイでしたよ!今の篤姫の幾島とはまるで別人です。
 
この世にこんなキレイな人がいるのかと、ボーっとなりました。ましてや、その頃ボクは東京に上京して初めての年でしたからね。
 松坂慶子が、女として一番キレイな時期だったんではないでしようか。丁度、松坂慶子が30歳になった年ですね。今から30年近い前の昔のことです。

 舞台挨拶が終わって、観客の一人に握手求められて松坂慶子は、気さくに応じてましたね。
 その握手求めた客は、上野によくいる、汚いおっちゃんでしたけど、松坂慶子はイヤな顔せずに握手に応じていました。
振袖でアクションする若き日の志穂美悦子アタシもヤスんの方がやりやすいし

 この「蒲田行進曲」の小夏役は、まさしく松坂慶子の当り役になりました。
 あの映画の小夏は、すっごいかわいい女でした。男なら、こんな女がいたらたまらないっ!でしたね。

 あの頃、男性の多くは映画の中の松坂慶子に恋をしていた。

 多くの男たちの胸を熱くさせ、別の部分も熱くさせられ・・・作品的にもすごく泣ける映画でした。
 銀幕スターの女が妊娠したということで、スキャンダルを恐れて、付き人がその女を押し付けられ、やがてそのスターを押上げる為に、すごい高さの階段をころげ落ちるという大部屋役者の物語でした。

 その階段落ちシーンは、スクリーンの中の風間杜夫はじめとする、大部屋役者みんな泣いているけど、そのスクリーンの向こうの観客もみんな泣いていましたよ。

 
迷惑だったのは、池袋文芸地下に正月興行として上映された時に、劇場の一番前の席に、でかい図体した男が、その階段シーンになったら、おいおいと声を上げて泣いてるんですよ。
 あれには、まいりましたけどね。
待って・・面を外した若き日の真田広之 
 コメディーの要素が強い映画でもありました。
 ライバル俳優のアップ数にこだわって、銀ちゃん役の風間杜夫が付き人たちのエキストラに引っ張るように指示して、わざとクサイ芝居をしたりとかの笑いの要素もたっぷりでした。

 街を車で走っている車内の後部座席を一人占めにして、付き人たち何人も前座席にギュギュー詰めにしたあげく、突然、付き人に運転を代われ!といいますが・・
 銀ちゃんは車の免許は持ってません。

 これキャデラックだぞ!キャデラックに免許がいるか!!
 劇場の中はもう、大爆笑でしたよ。去年の佐藤浩市が主演の「ザ・マジックアワー」もそうでしたけどね。
バッチリ決めている真田広之の薙刀アクションいえ、僕よりも、ヤスさんが・・
 
 話が長くなったんで、本題に入りましょうか。
 この小夏の熱演が認められて、松坂慶子はキネマ旬報やブルーリボンの主演女優賞を獲得して、その年の名だたる映画賞の主演女優賞を独占しました。

 誰もが主演女優賞は、松坂慶子以外に誰がいる!って感じでしたから。

 最後に日本アカデミー賞がきました。

 その当時の日本アカデミー賞は前年の受賞者がプレゼンターとして登場します。
 前年、「青春の門」で主演女優賞を受賞している松坂慶子が、その翌年の受賞者の名前を呼び上げます。

 しかし、松坂慶子の口からその名前は読み上げれませんでした。いざ、読み上げようと封を開けて彼女は、絶句しました。
 プレゼンターの松坂慶子からは、遂に主演女優賞の受賞者の名前は出てきませんでした。 
 出てきたのは、松坂慶子の涙だけでした。   

 代わりにその時の司会者の今は亡き、山城新伍がフォローして、"ああ、なんだ今年も自分だったんだね"
と言ったのを憶えています。
決まっている千葉真一爆風でビルから落とされたヤス 
 その年に限っては司会者によって主演女優賞の受賞者は発表された形となりますね。

 その後、松坂慶子がどんなスピーチしたか、殆ど憶えていないですよ。
 多分、涙ばかりで言葉になっていなかったと思いますよ。泣いてるばっかりでね。

 でも、事前に内示とかなかったですかね。誰が予想しても、あの年(1982)は、もう松坂慶子以外ありえねぇー!だったんですから。
これが、これなもんで心配で撮影所まで来てしまった小夏かなりお腹が目立ってきた小夏追い込む近藤勇役の銀ちゃん転げ落ちるヤスヤス、上がってこいっ!  
  今年で31回目を迎える日本アカデミー賞の歴史の中で、二年連続で主演女優賞を獲得したのは、松坂慶子、唯一人だと思いますよ。
 あの吉永小百合でさえも達成してません。その意味では、その時期だけでも、吉永小百合を抜いて、日本映画のトップ女優でしたよ。

 その松坂慶子の涙には、嬉しさが一番だったと思いますが、"やっと女優として認められた" という思いの方が強かったのではないでしょうか。
銀ちゃん、かっこいい・・あんたぁーーーっ!  
 ほとんどの多くの俳優たちは、デビューしても名前も名誉も残せずに消えていく人の方が圧倒的に多いのです。

 かつては松竹の大根女優といわれた、松坂慶子がやっとの思いで業界人から認められた。
 多分、日本アカデミー賞の審査員の中には、一緒に仕事した映画人もいただろうから、その人たちから認められて、しかも二年連続ですからね、感極まりますよね~

 役者にとって、振り返れるだけの作品がある、ということは役者冥利に尽きることなのではないでしょうか。
 少なくとも、松坂慶子には代表作がある。
 これは幸せなことですよ。誰もが代表作と呼べる作品があるとは限らないですからね。

 時を経て、松坂慶子が年をいくつ重ねようとも、それは彼女にとって永遠に変わらない"一瞬の永遠" ではなかったでしょうか。

 確かに、
松坂慶子という時代は、存在したのですから。
松坂慶子、某グラビア誌ヌードその一松坂慶子、某グラビア誌ヌードその二    
★追記
 今の若い人たちは、松坂慶子というとフジの月9ドラマで松潤のお母さん役ぐらいしか印象にないでしょうけどね。
 でも、若い頃の松坂慶子はお父さんたちの恋焦がれるほどの存在で、80年代を代表するセクシー女優だったのですよ。
◎おまけ火宅の人
 蒲田行進曲から五年後の1986年、東映での「火宅の人」の故・緒形拳との愛欲シーンが話題になりました。
 監督は深作欣二。この時期から、監督と松阪慶子の愛人報道がありました。
 一応、壇一雄の小説を原作にした文芸大作なのですが・・松阪慶子だけではなく、原田美枝子との濡れ場シーンあって、エロエロな映画でした。
作家・壇一雄と愛人の愛欲の始まり回転して、お尻丸前0松坂慶子にむしゃぶりつく緒形拳炎の光が邪魔ヘアーを手で隠し松坂慶子の・・ 
 映画の中で、松坂慶子がバックから緒形拳とエッチしているシーンがあるのですが、残念ながら、その体位で二人の体全体を映しているシーンはワンカットもありませんでした。
 映画のスチールでは、本編にはない、その二人の全裸でのバックの写真が確かに存在していました。週刊明星(今は廃刊)にそのモノクロスチール写真が出ていました。

 カメラマンは昨年、「劒岳 点の記」で監督デビューした木村大作です。この作品見ると、自然をダイナミックに撮るのは上手いキャメラマンでもラブシーン撮るのは、そんなに上手くない人ですね。
 ちなみに公開された1986年はまだヘアー解禁になっていないので、松坂慶子のヘアーは緒形拳の手でしっかり隠されていました。
乳房を吸う・・更に何度も吸いまくる緒形拳恍惚の表情今度はバッから緒形拳に激しく後ろからせめられてる松坂慶子
 
☆来年には、やっと「人生劇場」(1982年東映)がDVDリリースされます。
 松坂慶子の他に、森下愛子、そして最初で最後のヌードになった中井貴恵のヌードがてんこ盛りのエロ文芸大作です。
 DMMの情報では、発売日が年明けの1/7に早まったとありましたので、年明け早々にはアップする予定でいます。
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(2011/01/21)
永島敏行、松坂慶子 他

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